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【かずおの掲示板】あせらず・落ち込まず

2009年07月15日 (水) 18:02

一歩一歩ゆっくり、あせがらず・・・・・何事にも潮時がある。急いでものになるものもあるが、最後は納まりがうまくいかなくなる。ただやればいいというものではない。それなりに理由がある。いくらいいものであってもやはり一つ一つ物事を確かめながらゆっくりあせがらずがよい。急ぎすぎてものを見極めていないと上手くいかないことが多い。落ち込まないためにも回りを見極めてくどいが、ゆっくりあせらず・そして落ち込まず。

お金を活かして使う

最近東京に行くことが多い。東京はお金持ちが多く地方は貧乏が多い。私は小銭持ちアッハッハ・・・東京に行った時、地方の人は食事に行こう、飲みに行こうと誘うが都市周辺の人はあんまり言わないしついても来ない。ことらからどうしてもと言えば割りかんねとくる。地方もそれに近いのかもしれないけれど全部がそうだとは思わない。都市ほどシビアである。それはそれでいいけれど、時には皆で飲食を割り勘でも良い無礼講でいきたい。都会の人は頭が良い。物事にシビアである。それでもよいが佐賀県人はと言うより私はなかなかそれに馴染めない。相手の本心や叫びが聞こえない。あの人と話をしたいと思っても型どおりになってしまう。他人にはそれぞれあると思うけれど、たまにはいいではないかと、その位の度量も必要である。お金は活かして使う。世の中の経済と同じようにそれぞれが金を使って流通させると世の中に満足が生まれ活気が出てくる。無駄金を使うのは問題だが活きた金なら必ずまた自分の懐に戻ってくる。想いと云う温かい満足に満ちた心まで乗せて返ってくる。その時はフッと心が和む瞬間でもある。今はそんなに余裕があるわけではない。私もだが皆生活に追われているのが現状である。だからこそ相手が喜んだり、自分の小さな喜びであったりと生きた金であってほしい。今日も新聞に業界のトップが理想を述べていた。私にはその理論もわかる気がするが、住む世界が違う。天下りをして三年か五年で退職金を数千万もらう。しかも税金の中から、最近やたらとそう云うのが目につく。私の知る県民の多くは年間220万円から280万円が圧倒的に多い。そのレベルになったことがない人にはいくら話しても理解はして頂けない。国政はいまや飽食に満たされたブタみたいである。戦後我々日本国民が掲げていたものはもうそこにはない。官僚も国民から税金を戴いているから、国民のために、今やそんなものを感じることは少ない。一介のサラリーマンである。今行われているのは奉職ではない。基本であるここが日本人として、家族、地域を大事にする。そんなボランティアの心もなくなった。金も国民に余すことなく有意義に活きる金となして使ってほしい。


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